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蝗害そのものの記録

蝗害そのものの記録ではないが、紀元前2350年頃のエジプト第6王朝の遺跡には、バッタが草を食べ、ハリネズミがバッタを捕食する絵が残されている。

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紀元前13世紀頃の記録と言われる旧約聖書『出エジプト記』10章12節には、伝承ではあるものの、風に乗ったサバクトビバッタが[9]エジプトを襲う様子が記録されている
紀元前700年頃のアッシリアの浴場壁画には、串刺しにしたバッタを祭壇に掲げるレリーフが残されており、バッタの被害が大きかったことを示唆している。

紀元1世紀頃の作と見られる『ヨハネの黙示録』に登場する奈落の王アバドンは天使として蝗の群れを率いながら現れ、人々に死さえ許されない5ヶ月間の苦しみを与えるとされ、蝗害が神格化されたものだと考えられている。
蝗害ではないが、1889年に紅海を航海中の船が、紅海海上でサバクトビバッタを観察したと報告されている。

キプロスでは、1880年代に1300トンものサバクトビバッタの卵を破棄した記録がある。また、1930年代には対策として年間1100トンもの毒餌がまかれている。

1915年にはパレスチナでサバクトビバッタによる大規模な蝗害が起こっている。

2004年11月23日付け朝日新聞にはエジプトで大量発生した蝗がイスラエルに上陸したと言う記事が載った。

アフガニスタンでは1980年代モロッコトビバッタが猛威を揮っており、ひどい所では16,000ヘクタールが被害を受けていた[9]。国際連合食糧農業機関(FAO)はカルザイ政権ができた2002年からバッタ対策を開始し、2005年5月頃のバッタの一掃作戦ではバッタの発生時期に合わせた幼虫の駆除に成功している。

アラビア半島南部のイエメンでは2007年、サバクトビバッタの大発生の可能性が出てきた。ルブアルハリ砂漠で大発生したバッタが南下し、イエメン国境付近で産卵したため、この2世代目が大被害を与える可能性が高くなっている。そのため、国連中央緊急対応基金 (Central Emergency Response Fund) は240万ドル、日本政府は200万ドルをイエメン政府に援助し、重機材や農薬、専門家雇用のために使われている

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2009年05月01日 08:48に投稿されたエントリーのページです。

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